No.7 (Feb. 12th – 14th, 2019)

 ソフィ・カルの限局性激痛を原美術館で見てきた。あまりにも有名な言葉と写真を使った作品だが、全編見る機会は僕にとっては初めてであったので、好きな類の作品ではないのだが、ある程度楽しみにしていた。
 第二部は自らの不幸を語る代わりに、他人の不幸を聞かせてもらうという形式で作られている。この人はいつもそうだが、自分は他人よりも不幸ではないという比較によって解決する構造を使っているわけだ。何事も、一人で解決しようとしない。
 それはある意味で、未知の感情を理解しようという試みであるし、誰かのことを理解できないという諦念から前進しようという試みである。しかし、どうしてもそれらの行為が孕む暴力性に嫌悪感を抱かずにはいられない。
 没入しようとすればするほど、文字が黒くなっていけばいくほど、このあっさりとした忘却による解決に頭が痛くなる。あなたはこれほど簡単に、外に出すことで内に何も残さないことを達成してしまうのか。