No.5 (Jul. 10th, 13th, 2019)

 これらのノイズ(アレ)、ボケ、ブレは内容を装飾するものという認識が定着してしばらく経つ。プロヴォーク的写真から、今現在何かを得ることができるかというと疑問だが、写真を写真として認識する装置としての役割(それがプロヴォークが目指した資料的意味だと考えている)は、未だに定着しているように思う。現代作家においても、物質としての操作(横田大輔)や、画像としての操作(吉田志穂)のきっかけとして利用されていたりする。
 ただ暗すぎて写らなかったから、現像で露出を上げたのでノイズが出ただけだけれど、アレブレボケって懐かしかったし、ちょっとアップしてみた。きちんと撮った写真が、最近は何でもかんでも綺麗なので、写真を見ているという感覚が薄れている気がするのよね。