Solo exhibition “Untitled [Dedicated to Tomoko Isoda]

Printed Union
150-0001 東京都渋谷区神宮前 6-32-7 近藤ビル1F
6-32-7 KondoBLDG.1F, Jingumae, Shibuya, Tokyo, 150-0001, JAPAN.

2020.1.8[Wed]—1.19[Sun]12:00–19:00
Close=1.13[Mon] 1.14[Tue]
1.10[Fri]12:00–21:00 
1.17[Fri]12:00–21:00 

Event Page : http://www.printed-union.com
 磯田智子は1976年に栃木県で生まれた写真家である。1997年から2000年にかけて、地下鉄が走行するためのトンネルを車両最後尾から撮影した『残像』(英題:Afterimage)と、1999年に、日中の人気のない住宅街を記録した『無題』(英題:Untitled)という二つの作品を残した。過去形で終えるのは、2000年当時24歳だった磯田が、それ以降作品を制作している痕跡が見当たらないからである。

 2000年11月23日から2001年1月21日に横浜美術館にて開催された、<現代の写真Ⅱ「反記憶」>展のカタログで磯田を知った僕は、それ以来写真作品の制作を始めた。後に気づくことだが、奇しくも当時磯田が通っていた東京総合写真専門学校で教鞭を執っていた、小林のりお氏の下で学ぶことになる。

 磯田の作品との邂逅に特筆すべき出来事はなく、前作の『Net』を制作するまで置き去りにされていた磯田の『無題』がどうしても頭から離れなくなったのが、今年の夏のことだった。武蔵野美術大学大学院在学中から制作していた一連の作品が、『Net』という作品によってある程度の区切りがついてしまった僕には、為すべきことが無くなってしまっていた。恐らく、見渡す限り物語に埋め尽くされた環境に疲れてしまっていた。それから、磯田智子の"真似"をすることになる。

 調べていただけたら簡単に分かることだが、磯田智子という人物、または作品に関する記述はあまり残っていない。散々調べた今だから言えることだが、調べても彼女のことは分からない。彼女を知る方にお話を伺う以外に選択肢がなくなったため、当時「反記憶」展のキュレーターを務めておられた天野太郎氏(現横浜市民ギャラリーあざみ野主席学芸員)と倉石信乃氏(現明治大学理工学部総合文化教室教授)にお話を伺ってきた。結論から言うと、現在彼女がどこにいるのか、何をしているのか、知ることはできなかった。当時のお話は伺うことができたのだが、これを読んで下さっている方々にお話できるような事柄は見つからなかった。

 結論を宙吊りにしたまま、この文章を終える。

 企画して下さったPrinted Union主催の原田光丞氏に感謝申し上げます。本当にありがとうございます。また、展覧会終了まで何卒よろしくお願い申し上げます。

 最後に、2003年に磯田智子の作品が展示された<Black Out : Contemporary Japanese Photography>展にて、天野太郎氏が寄稿した一文を引用し、この散文を展覧会導入とする。

 磯田のイメージは、都市全体を語るとか、あるいはそれこそ都市の無意識なる深層を語ることを強く拒絶するし、そもそもそうした無意識なるものなど端から存在しえないことを示している。


参考文献:
「現代の写真Ⅱ「反記憶」」2000年, 横浜美術館
「Black Out : Japanese Contemporary Photography」2003年, 国際交流基金